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2008年3月25日 (火)

無駄話<沈丁花の記憶>

 吹く風にふと微かな芳香を感じてもとを辿って見ると沈丁花の花が咲いていまし た。同じ美しい花を見ても花の匂いを嗅いでも人夫々に歩んで来た人生が作用して感慨が違うのだということが思い出されました。Images76_3

 今は遠い昔二十歳くらいのとき小学校からの同級生の友人Fとハイキングの道すがらどこからともなく沈丁花の香りが漂ってきて、私はあゝいい匂いがすると立ち止まり匂いのもとを探そうとしていると、Fはどこがいい匂いや俺は大嫌いな匂いや、あれは怠惰で堕落の匂いや胸が悪くなると吐き捨てるように言ったのです。私は思いもかけぬFの言葉に当惑し返す言葉もなく二人とも無言で歩き続けたのです。


 そのまま目的地についてもいつもならはしゃぎまわる饒舌なFが沈んだ雰囲気のまま弁当を食べ、私は自分の言ったことが何故こんなにまでFの気持ちを沈ませてしまったのかはかりかねながらも聞きだせずにいました。帰途についてからFはさきほどは突然変なことを言って済まなかったと謝り訳を話し始めたのです。

 Fの生まれた家はこの地では家柄のよい旧家でしたがもう傾きかけていたFの母の代には男兄弟はなく母が親戚から婿養子を迎えて家を継いだのですが、その婿養子であるFの父はどちらかと言えば怠惰で、当時はもうそんなに残っていない財産目当てに養子に来たようなところがあり、家業は家族皆の協力で夏場は養蚕、冬は和紙の製造そして小さな土建請負業などしながらも、まとまった金が入れば持って出て京都祇園辺りで遊蕩三昧、金が無くなるまで帰って来ないし、母は子供達にあんな父親のような人間にはなるなと愚痴をこぼしながら身を粉にして働きづめのような日常でした。Fはそんな両親が共に40歳過ぎてから生まれた末っ子で、Fが物心ついた頃には残っていた土地を鉄道が通るために入った現在にすれば億に近い大金まで使い果たし、兄姉たちは口減らしのため働きに家を出て、両親とFの三人暮らしとなり母の愚痴の相手を一身に受けるような状況でした。そのために小さなFの胸のうちには日々父に対する嫌悪から憎悪まで鬱積していく状況でした。

 そんなFが小学校3年生くらいのある日、家を空けていた父が知らない女の人を連れて帰って来たのです、子供の目にもそれは母などとは別の世界の女と分かる女性でした。それまでは外では何をしているのか分からないけれど知らぬが仏黙って許していた温和しい母でしたが、目前に女が姿を現わしたので逆上した様子でFを勝手口から外に閉め出しておいて父とその女に対決しているようでした。Fは長い時間勝手口の外にうづくまり時々漏れ聞こえる母の泣き声や怒り声に訳の分からぬまま頬を涙が伝っていました。やがてどれくらい過ぎたか静かになったのでそっと中に入って見ると母が一人泣きじゃくっていました、Fが母に抱きつくと母は涙声のまま、心配せんでええんやで追い返してやったからと言ったのです。その時あの沈丁花の匂いがしたのです、おそらくその女のつけていた香水か髪油の残り香でしょう、それはFにとって生涯消えることのない嫌悪と憎悪の香りとなったのです。

 それから数日過ぎて父は何食わぬ顔で帰って来ましたがFはあの女のことを父にも母にも聞くこともなくそのまま以前に変わらぬ日常の繰り返しでした。晩年父は遊ぶ金もなく気力も衰えFが高校卒業の年に亡くなりました。Fは父亡き後大人として考えたとき父母夫婦の間には父だけを責められない事情もあったかも知れないと憎悪や嫌悪を鎮めようとはしているが、あの日のあの匂いだけはどうしても好きにはなれないと言うのです。
 
人間美しい花を見て美しいと感じ、花の匂い嗅いでいい匂いと素直に感じられるのは幸せなことだと思うのです。



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コメント

香りの記憶ですね。ドラマを見ているような、小説を読んでいるような…と思い読ませていただきました。と言ったらFさんに申し訳ないでしょうね。こんなこともあるのですね。kazutyanさんに話されたことで、気持ちも少しは楽になったのではないかと思います。
我が家でも沈丁花が咲き始めました。

ばらーどさん、今では遠い昔の話ですがふと沈丁花の匂いを嗅ぐと記憶が甦るのです。Fさんはその後恋愛結婚父親を反面教師にして暖かい家庭を築き優しい息子達も成人して家を出、今は愛妻と二人穏やかな老後を送っており沈丁花の香りへの感慨も変わったのではないかと思います。

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