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2008年11月28日 (金)

無駄話<ふるさとの山に向いて>

 普段は何の感慨もなく見ている山も、初冬の快晴の日、紅葉したふるさとの山を見ると、啄木の詩のような心境になります。

  ふるさとの山に向いていうことなし ふるさとは有難きかな

  我がふるさとの山といえば目の前にあって標高700M足らずの大槌山です、それと他県の山であって遠景ではあるがよく見えて姿の美しい標高1125Mの金剛山もふるさとの山のような気がします。

 大槌山
P1020358

 金剛山
P1020360

 しかし山を見てこういう気持ちになれたのは、人生折り返し点をとうに過ぎてからです。20歳前後の頃はやはり都会に憧れふるさとを嫌っていました。せめて大阪に出て就職したかったのですが母を独りにすることは出来ず、電気技術関係の仕事がしたかった私は意に添わないながら近くの職場ということで役場職員となりました。そこでいろいろな壁にもぶつかり、その度ふるさとを恨んだものです。しかし30歳を過ぎてから近くに日本たばこの当時東洋一と言われた最新鋭工場が出来ました。そこで意を得たりと転職、なんとか希望に近い仕事につくことは出来ました。ここで「ふるさとの山に向いていうことなし」くらいの心境にはなれたのです。

 自分でもあまりはっきりした変化点があったわけではないのですが、「ふるさとは有難きかな」までになれたのは定年退職後です。「サンデー毎日」の身となり自家用野菜つくりをしながら時々相棒と山登りや旅行が楽しめるようになってはじめてそういう心境になれたのかと思います。
 すると山を見てそういう気持ちになれるのは、山の美しさや崇高さでなく、山を見る者の心の反射ということになりますが、それだけでもないようにも思えます。

 しかしこの有難き我がふるさとも加速度的に過疎化が進み、廃屋が増え老人の2人世帯や独居世帯が半分を超えそうです。ふるさとが嫌でなくても若者が住みつけないのは近くに職場がないからです。昔は勤め人の半分以上を占めていた南海電鉄の職員も合理化人員削減で二代目は勤められなくなり、私の勤めたたばこ工場も廃止になり、役場と農協くらいしか目ぼしい職場はなく、大阪南に出るだけで1時間半、昔はなんとか限界内に入っていた採用条件の通勤圏も狭まり今では外れてしまうのです。やはり若いときは有難いとまでは思えなくても世代を継いで住んでいけるようなふるさとであって欲しいものです。全国的に地方のふるさとが潰えて消えていくような時代、早急に政治で施策を考えて欲しいものです。



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