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2009年12月28日 (月)

無駄話<門松>

 門松は今は会社や商店、料亭、神社などでりっぱなのを見ますが、家庭ではクリスマスツリーほど一般的ではありません。わが町ではずっと以前から門松の形を印刷した短冊のような紙が各戸に2枚づつ配られ、玄関の両側に張り門松代わりとします。なにも考えずにそうしてきた門松の由来、起源はどうなんでしょう。

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 これもいろいろ異説があるようですが、門松は今では正月の飾りもののように思われていますが、もとはといえば歳神(としがみ)の依代(よりしろ)といわれ、歳神が宿る安息所であり、また、神霊が下界に降りてくるときの目標物と考えられていました。

 この歳神とは、別名を「お正月さま」、「若年さま」、「歳徳神」などとも呼ばれ、正月に家々に迎えられる神をいい、昔は白髪の福相な老人だと考えられ、今でも、若者が白髪の老人に扮して、大晦日の夜、家々をまわって子供達を訪れ、お年玉として餅を与える風習の残っている地方もあるということです。

 別説では、現在の門松は中心の竹が目立ちますが、その本体は名前で解るとおり松であり、 もとは平安の貴族達が好んだ小松引きと言う行事で持ち帰った「子の日の松」を長寿祈願のため愛好する習慣から変遷したものという説もあります。現在も関西の旧家などでは、「根引きの松」という玄関の両側に白い和紙で包み金赤の水引を掛けた根が付いたままの小松(松の折枝は略式)が飾られます。

 根引きの松
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 飾り物、縁起物としてはあの鋭く削がれた竹が気になりますが、もとは真横に切った「寸胴(ずんどう)」だったそうですが、 「削ぎ竹」は徳川家康が始めたもので、徳川家康の生涯唯一の敗北として知られる「三方ヶ原の戦い」(1572年)のあと、対戦相手の武田信玄に対して、次は斬るぞという物騒な念を込めたのが始まりという説があります。

 関東風
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 地方により門松の様式には差があり、関東では、3本組の竹を中心に、周囲に短めの若松を配置し、下部をわらで巻くという形態が多く、関西では3本組の竹を中心に、前面に葉牡丹(紅白)後方に長めの若松を添え、下部を竹で巻く。豪華になると梅老木や南天、熊笹やユズリハなどを添えます。


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 門松は古い歴史があり宗教的意義もありながら、クリスマスツリーのように子供が欲しがり喜ぶものではなく、誰でも買ってきて簡単に飾りつけできるものでもないので、一般家庭では敬遠され廃れていくのでしょう。



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コメント

今は違う仕事をしていますが、今年の1月までは證券会社勤めていて、證券会社のある兜町界隈は門松が飾られていた会社が多かったですが、昨今は業績が悪くなっているせいなのか門松を飾らない所も多くなりました。ただ画像にある角を切ったものと、きらずに丸い竹の門松も飾っていました。解説されているように武田信玄に負けた恨みで家康の時代から切った門松が飾られていると言う所の方が私は多く見ました。

馴染みがあるのは、やっぱり関東の門松ですが、立派なものは、だんだん見かけなくなりますね。こちらでは、子ども会が行っていたどんど焼きがなくなり、大きなもの作っても、どのように片付けるかという問題も出てきました。関西の門松は、とても豪華ですね。

吉ちゃんさん、景気のいいときは各会社が競って豪華な門松を玄関に飾っていたようですが、昨今はそうでもないのですね。先を鋭く削いだ竹は物騒な起源があるようですが、見た目ではすかっとして心改まり気持ちよいものです。

ばらーどさん、そうですね豪華な門松となると、都会では後始末が問題ですね、こちらでも以前ほど豪華な門松は見ることはなくなりました。代わってイルミネーションが大仕掛けになってきました。

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