« 無駄話<ニトロ> | トップページ | 無駄話<弥生> »

2010年2月28日 (日)

無駄話<ちやほや>

 今日出かけたとき電車の中で小学校低学年の数人の子がきゃっきゃ言いながら走り回るのを見て、少しアルコールの入っているらしい人が「この頃の親はなっちょらん、わが子にちやほやするか、放りっぱなしにするか、揚句、手の負えんようになりゃ、学校教育のせいにしたり、殺したり殺されたり、どんなよう出来る子でも真面目な子でも、親がちやほやすりゃええ気になって変わっていく、あの国母選手もそうや、なんぼ競技ができるからって、親や周囲の人間がちやほやするからあんなふうに変わっていくんや、本人よりも周りが悪い、ええ技を持っておるのに人間性がそぐわんのは惜しいこっちゃ」とひとしきり演説をぶっていました。

 国母選手の名技
Oth0911052316027p11

 私は先に降りたので後はどうなったか知りませんが、まばらな乗客はうなずきながら聞いていました。私もうなずけました。この頃の若者は外見的、自己中的目立ちたがり屋が多く、自分を冷静に客観的に見る学習が足りないと思います。そんなわが子の機嫌をとろうと、ちやほやする親もたしかに多い気がします。

 「ちやほや」という言葉、「自分が最も優れている」という気持ちにひたらせるように、相手を甘やかしたりご機嫌をとったりお世辞を言ったりすることを「ちやほやする」といいます。この時に使う「ちやほや」とは一体なんでしょうか。

「蝶よ花よ」という言葉があります。現在でも子供を非常にかわいがって、大切に育てる様子を「蝶よ花よ」といったりしますが、「ちやほや」はこれと関係があるようです。「蝶よ花よ」という表現はかなり古くからありまして、昔は、「花や蝶や」といっていたそうです。枕草子にも、次のような文章があります。

 「みな人の花や蝶やといそぐ日もわがこころをば君ぞ知りける」

 「世間の人がみな、花や蝶やと美しいものばかりに熱中している時でも、 あなただけは私の本当の気持ちを知ってくれているのですね」という意味だそうです。

100722014981

 やがて花と蝶が逆転、「蝶や花や」「蝶よ花よ」が縮まり「ちやほや」になった、というのが一般的な説です。一方「蝶花」は昔の中国語で「チャオファオ」と発音します。このことも「ちやほや」になるための影響だったのでは、というふうに言われています。

« 無駄話<ニトロ> | トップページ | 無駄話<弥生> »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 無駄話<ニトロ> | トップページ | 無駄話<弥生> »