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2010年2月 4日 (木)

無駄話<仇討ち>

 今日のタイトル、ぎょっとされたかも知れませんが、先日新高野街道「京大阪道」を歩きに行ったのです。新高野街道といっても、世界遺産に指定されている高野街道「町石道」より新しいということで、今は古道の部に入り、ハイカーも「町石道」よりずっと少なく滅多に通らない道ですが、この道の途中に日本最後の仇討ちのあった場所があるのです。

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 日本最後の仇討ちといわれるのは他にもあるようですが、この高野山の麓であった仇討ちは、明治6年(1873)、仇討禁止令が出される前、明治4年(1871)のことで、禁止令が出される前では最後ということのようです。

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 これはどういう仇討であったかというと、赤穂藩で起きたことで、藩の下級武士13名(急進・勤王派)が、同じ赤穂藩家老、森主税とその師、村上真輔(保守・佐幕派を暗殺したのが事の始まりであり、いわゆる藩内お家騒動からでした。

 もとより、森継之丞の派閥と森主税等の対立による家督相続争いと、幕末において勤王佐幕などの思想が絡み合って、文久2年(1871)2月30日(旧暦)に起きた出来事です。

 下級武士が藩の重臣を暗殺するなどという暴挙は、大罪となるのが通常です。しかし、村上真輔などによって失脚させられていた森継之丞が藩政に復帰したことで、下級武士側にはおとがめもないまま赤穂から脱出します。この時、土佐藩士が下級武士の味方となっていたといわれています。

 一方、家老側の村上家は、お家閉門断絶といった、およそ公平ではない裁定が下されました。この時点では、家老の暗殺自体が正当化されていたことを物語っています。 ところが1年後、下級武士達が帰藩してみると、藩の態勢と世論が変っており、全員が投獄されてしまいます。下級武士達にしてみると、藩政を革新する目的で家老を暗殺したはずが、その大義名分を失っていることになりました。


 下級武士達は脱藩、逃亡しなければならない状態におちいります。以降、自害する者が出たり斬殺されたりで、当初13名だったものが、6名まで減ってしまいました。
 世は明治維新となり、朝廷からの恩赦もあって、村上家断絶の処分が解かれ、お家再興が許されました。この時、村上真輔の子息(村上四兄弟)達は復讐の意志をさらに固め、藩に対して仇討ちの許可を再三求めるようになります。

 明治期に入って統治能力が低下しつつあった藩としては、家老暗殺事件を穏便に片付けようとします。そこで、下級武士達を赤穂藩森家の墓守り役と称して、高野山の釈迦文院へ預ける策をとりました。
 従来、高野山という地域は、余程の外圧などが無い限り、犯罪者であっても、生命の安全が保証された特異な場所として認識されていました。
 高野山へ逃げ込むといった事前情報を察知した村上兄弟は、なんとしても、彼らが入山する前に本懐を果たすべく、準備を進めることになります。

 黒石付近から高野山を望む
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 下級武士達一行の先回りをした村上四兄弟と助太刀総勢八名は、地元で「黒石」と呼ばれる大岩のある峠を決戦場所とし、村上四郎・行蔵、津田勉の三人が黒石付近に布陣します。そして、午前10時頃から約30分間にわたり、壮絶な戦いが繰りひろげられたといわれています。
 不意をつかれた下級武士側六名少年一名は全員が討ち取られ、それぞれの首が黒石横の松の根元に並べられました。

 現代の黒石付近
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 ところで、下級武士一行の中には岩吉という13歳の少年も加わっていました。直接的には無関係だった岩吉でしたが、戦闘中、運悪く首に深い傷を受けて、近くの観音堂まで運ばれ手当を受けましたが絶命します。同行していた兄の名前を呼びつつ亡くなった岩吉。看取った村人たちは、涙を禁じ得なかったそうです。
 こうして黒石付近では下級武士側七名が亡くなりましたが、岩吉は兄と一緒に葬られ、墓石は6基となっています。一方の村上兄弟側は、重傷3名、負傷2名という結果となりました。

 討たれた武士たちの墓

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 現代も被害者にとっては、仇討を認めて欲しいような無差別通り魔殺人事件や誘拐殺人事件なども多いですが、せめて殺人については時効だけは撤廃して捜索は続けて貰いたいです。


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コメント

本当に、殺人だけは時効をなくして欲しいものですね・・。
やりきれない思いでいっぱいです・・。

無念・・・と言う言葉がでてきました。
仇討ち、被害者の肉親の心に触れたら、
仇討ちをしても
気持ちは収まらないとは思いますが、
死者に対しての手向けにはなるかと思います。
心と体がある以上、例えからだがなくなっても
心は残るような気がします。
無念を残して死んだ方の冥福を
私たちは祈るしかないんですね。。。

cocoさん、時効後に被疑者が見つかるなんてことになったら、ほんとうにやりきれないです。

いしころとまとさん、仇討ちが出来たとしても、亡くなった人は戻らないことには変わりなく、心の中の解決よりほかない訳ですね。

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