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2010年3月31日 (水)

無駄話<のびたの遺書>

 失踪から十日を過ぎても戻らないのびた、もう諦めてそのままにして待った食器やベッドも片付けたほうが忘れられると思い、ベッドに敷いていたタオルシーツをめくると、思いがけず遺書らしきメモが出てきました。難解な猫語なので判読ですが下のような意味の遺書でした。

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「父さん、母さん、(猫齢ではのびのほうが年長になってしまったけれど、いつまでも父さん母さんの子供で居たいので、こう呼ばせて下さい)、のびは15年前の早春、根来寺門前町の旧家根来家の飼い猫の子として生まれたのです」

 「生後半年、猫齢10代で無謀にも自由にあこがれて家出、根来寺で先輩野良猫たちと、観光客のくれる餌を奪い合い、七堂伽藍の床下で寝る暮らし、日々寒さに向う秋、自由の代価の厳しさをひしひし感じ始めて、新しい運命を切り開こうと、ドアが開けられる瞬間をねらって飛び乗った車が、運よく父さん母さんの娘、猫好きなミユリン、オサリン夫婦の車でした」

「ところが今までのように自由に外には出れないマンションの室内暮らし、ストレスが溜まり家庭内暴力で、オサリン、ミユリンには随分迷惑をかけました。そしてミユリンが勤めに出ることになり、父さん母さんの家に貰われて来ました。この一年間は自分の無謀さからでもあるけれど、運命に翻弄された1年でした」

「でもここに来てからは、穏やかで明るい父さん母さんの愛を一身に受けての暮らし、猫専用出入り口まである大きな家、広い庭に続く畠、14年過ぎてもまだ隅々まで知らないくらいの自然の中での暮らしに、のびは性格まで変わった気がします。猫としてペットとしてこんな幸せな暮らしがあるなんて想像もしなかった幸せな14年でした」

「ところが一昨年秋には思いもかけぬ発病、歩くこともおぼつかなくなり、もうこれで一生を終わるかと思う時期もあったけど、それを見てより優しくなった父さん母さんの一生懸命の看病のお陰で生き延びることが出来て、それからの1年半、私の甘えからの我がままの何もかもを優しく受け入れてくれて、嗜好が変わった私の食べてみたいものをなんでも食べさせてもらえました」

「健康なときの3倍くらい食べる餌や水を、外出のときなども切らさないよう気にかけてくれました。そして寒いときなど外に出るのが億劫で辛抱していると、飲む水の量が多いので、少しお漏らしするようになると、直ぐにトイレも用意してくれ、その始末も嫌な顔も見せずにしてくれました。心の中では手を合わせたいくらいの感謝の気持ちでしたが、のびは口下手であり、表情にも出せないたちなので、申し訳ないことと思っています」

「発病からの1年半、父さん母さんの優しさに報いるためと、出来るだけ病の苦しさを見せないように、元気に見えるようにと頑張ってきたのですが、やはり病状が徐々に進んでいくのが自分では分かり、最近はもう限界は近いと感じていました」

「猫は命の限界を感じたとき、誰にも看取られず、醜態も見せず、静かに安らかに命の終焉を迎える場所を見つけて果てるという誇れる伝統があるのです。この春になって私もそういう場所を探しはじめていました。先日2回ほど外出から戻るのが遅くて父さん母さんに心配かけたのもそれでした。場所は見つかりましたが、まだ寒い日が多く最終の決心はつかずにおりました」

「そして3月20日、朝から初夏のように暖かい晴天となりました。のびも朝から外に出てみて、旅立ちには絶好、今日よりほかにないと決心しました。ですが父さん母さんに旅立ちをどう説明し14年間のお礼を言って出ようか、言えば深い恩にあざむき、父さん母さんをより深く悲しませ、自分の決心も鈍るのではと悩みました。考えぬいた末、黙ってなにくわぬ顔でお別れしたほうがよいのだと決めました。

「14年間、言葉では言い表せないほどの恩を受けた父さん母さんに、お礼も言わず何も言わずにお別れすること、お詫びのしようもありません。けれども今日かぎり、のびのことで悲しまないで下さい。のびは今までもこれからもこれ以上ない幸せ者です。これから旅立ちの場所へ行きます。日暮れまでには着きます、そしてそこで瞑想に入ればすぐに深い深い眠りに入れます、明日朝早く眠りから覚めるとき、もう猫には戻りません、空を自由に駆け回れる春風になって天に昇ります。その場には何も残りません」

「風になれば先ず故郷根来に行ってみたいと思っています、根来にいけば同じ風になった親や兄弟にも会えるかも知れません。でもそこに長く居るつもりはありません。やはり生涯の殆どを過ごした古沢の空でいつまでもいて、父さん母さんの幸せと健康を祈りつつ見守るのがのびにできるただ一つの恩返しと思っています。それですべてをお許し下さい。それと、この幸せな生涯のきっかけを作ってくれたオサリン、ミユリンにも深く感謝していること伝えて下さい。そして年に一度、はじめて暖かい春風が吹き始めた日には、のびのこと思い出して下さい。では行きます、さようなら・・・、平成22年3月20日 のびた」

 3月20日の夜半は雷鳴、突風、大荒れの春の嵐でした。のびたはそれまでに風になれたとは思えず、猫煩悩の父さん母さんは、のびたがあの嵐をどうして過ごしただろうかと心配しています。 

              

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コメント

kazutyan、今日は春風の吹く
暖かい一日でした。
辛いことと思います。
どんな小さな命でも
家族の一員にかわりはありません。

のびたくんもkazutyanたちのそばで
幸せな毎日を送っていたことと思います。
kazutyanご夫婦が
これからも元気に過ごすことを
のびたくんも望んでいるはず。
どうかお元気になって下さい。


こんばんは♪
のびたくんどこに行ってしまったんでしょうね
野生の本能で何かを察知して消えてしまったんでしょうか
春なのにさみしいですね

いしころとまとさん、励ましのコメント有難う、なんとか忘れることが出来そうです。春は別れの季節と言いますが、また新しい出会いの季節でもあります。新しい出会いを期待して元気になります。

エフさん、猫のこういう逝き方はよく聞いていますが、潔い逝き方とも思えます。人も老醜を晒さずにもこういう逝き方が出来ればと思います。

実家で飼っていた猫のサムも
一昨年ガンで亡くなりました。
そのことと重なり、のびたくんの遺言に
思わず涙してしまいました。
kazutyanさん、家族との別れは本当に辛いものですよね。いつもいたお気に入りの場所に、
今でもいるんじゃないかと時々思ってしまいます。
寂しいでしょうが、元気出して下さいね。
お父さんお母さん、ミユリンさんオサリンさんに
可愛がってもらって、のびたくんは本当に幸せでしたね。

かおりんさん、お慰めのコメント有難う。ペットを亡くした方は皆、同じ悲しみや寂しさを感じているようです。同じ屋根の下で暮らしてできる絆は人もペットも同じように思います。

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