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2010年5月18日 (火)

無駄話<相撲>

 季節は春と夏を行きつ戻りつしていますが、相撲界では夏場所が中日を過ぎ、白鳳は調子よく白星を重ねていますが、私は外人力士が跋扈するようになってから、場所中に何回か新聞スポーツ欄で見る程度の興味しかなくなりました。

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 父の残した古い本を整理していたら、偶然めくったページに相撲取りのことを「一年を 20日で暮らす いい男」 という川柳を見つけました。相撲界にそんないい時代があったのでしょうか、現代は本場所だけでも六場所90日、一般労働者の250日前後と比べれば少ないですが、間に地方巡業などもあり、日々欠かせない稽古もあり、そんなに楽な仕事ではないと思われます。そんないい時代は兎も角、相撲の歴史を知りたくなりました。

 相撲の起源は日本固有の宗教である神道に関わる神事であり、日本国内各地で「祭り」として「奉納相撲」が地域住民により、現在も行われているところが多いようです。健康と力に恵まれた男性が神前にてその力を捧げ、神々に敬意と感謝を示す行為なのです。そのため礼儀作法が非常に重視されており、従って、力士はまわし以外は身につけない。その名残は現代の興行形式である大相撲にも見られます。また古代から現代に至るまで皇室との縁は深いのです。

 奉納相撲
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 相撲の歴史を遡ると、「古事記」の神代(日本神話)では、建御雷神(タケミカヅチ)の派遣(葦原中国平定)の際、建御名方神(タケミナカタ)が、「然欲爲力競」と言った後タケミカヅチの腕を掴んで投げようとした描写があります。その際タケミカヅチが手を氷柱へ、また氷柱から(つるぎ)に変えたため掴めなかった。逆にタケミカヅチはタケミナカタの手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあり、これが相撲の起源とされているそうです。

 弥生時代になって、「日本書紀」には、神ではなく、人間としての力士同士の戦いで最古のものとして、垂仁天皇7年(紀元前23年7月7日) 、「野見宿禰」と「當麻蹶速(当麻蹴速)」の「捔力(すまひ)」での戦いです(これは柔道でも起源とされています)。試合展開は主に蹴り技の応酬であったそうで、最後は宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、更に倒れた蹴速に踏み付けで加撃して腰骨を踏み折り、絶命させたという過激なものだったそうです。

 野見宿禰(右)と當麻蹶速
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 これらの記述から、当時の相撲は打撃を主とする格闘技であり、既に勝敗が決した相手にトドメの一撃を加えて命までをも奪った上、しかもそれが賞賛される出来事であった事から見ても、少なくとも現代の相撲とはルールも意識も異なるもので、武芸・武術であったことは明確です。宿禰・蹶速は相撲の始祖として祭られています 

 職業としての相撲団体が結成され、相撲興行が許可されたのは江戸時代、1684年(天和4年)のことだそうです。戦前までは1場所11日、年2場所22日だったそうで、このことから「1年を 20日で暮らす いい男」 という川柳が出たそうです。



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コメント

相撲のイメージが変わりますね。
以前は格闘技だったとは、お相撲さんも
命がけだったんですね。
「巨人、大鵬、卵焼き」
柏戸と共に懐かしいですね。

相撲、最初はそんな過激だったんですね。
今の相撲のようになってよかったです。
1年20日で暮らせたら・・・
思わず想像しちゃいました。
飽きっぽい私は、1週間で飽きそうです(^_^;)

いしころとまとさん、命がけの格闘技、迫力はあったでしょうが、枡席から観戦という気にはなりません。

かおりんさん、一年を二十日とまでは言いませんが、やっぱり、日々の生活に時間的にも経済的にもゆとりは欲しいです。

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