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2010年9月23日 (木)

無駄話<秋分の日>

 今日は「秋分に日」、天文学上の「秋分日」でもあり、よく「昼と夜の長さが同じになる日」といわれますが、実際は昼の方が長いそうです。日本ではこの日は国民の祝日の「秋分の日」ですが、秋分(春分)日は、太陽が秋分(春分)点を通過する日であり、国立天文台の算出する定気法による秋分(春分)日を基にして閣議決定され、前年2月1日に暦要項として官報に告示されれます。天文学に基づいて年ごとに決定される国家の祝日は世界でも珍しいようです。

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 秋分(春分)の日はまた彼岸の中日、前後一週間を彼岸と言われ、お墓参りなど仏教行事がおこなわれますが、これは天文学上の秋分(春分)日とどういう関係があるのでしょう。

  彼岸の法要や墓参りなどは仏教行事ですが伝来したものでなく、日本独特の行事で他の仏教国には無いものだそうです。ちなみに、「彼岸」とだけ言った場合、これは春の彼岸を指します。秋の彼岸は「秋彼岸」または「後の彼岸」と言うのが本当だそうです。

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 「彼岸(ひがん)」という言葉そのものは、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸(しがん)」と言うのに対して、向う側の岸なので「彼岸」というのだそうです。

 現在では彼岸の仏事は浄土思想に結びつけて説明される場合が多くみられ、浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられています(西方浄土ともいう)。

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 春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の仏事の始まりだそうです。天皇の詔として始められた行事であったのですが、いつの時代も人として、生を終えた後の世界への関心の高いことは同じであり、いつの間にか生を終えていった祖先を供養する行事として定着したのだそうです。

 日本で初めて彼岸会が行われたのは806年(大同元年)であり、このとき崇道天皇(早良親王)のために諸国の国分寺の僧に命じて「七日金剛般若経を読まわしむ」と『日本後紀』の記述にあるそうです。



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コメント

今日は雨降りの秋分の日です。
彼岸花には毒があるんですよね。
その毒を嫌って、ネズミがこないので
昔の人はお墓に彼岸花の球根をいっぱい植えたそうです。
最後の写真とっても綺麗ですが
kazutyanが撮られたのでしょうか?

今日の雨が巷の憂さを洗い流してくれれば良いですね。墓参りにはきまってこう言います「まだよ、まだ行けないからね。呼ばないで!」って。夫は10年前から彼岸の別宅に住んでおります。今頃愛犬のチョロと散歩中かも(* ̄ー ̄*)今夜はtv役所広司の「三蔵法師の謎」を観ようかと愉しみにしているところです。

秋分の日と御彼岸の中日にこちらでは恵みの
雨が降りました、気温も18度と涼しくなり
本来の秋です。日が短くなるとなぜか
少し物足りなくなります。
明日から猛暑で種の出なかった種蒔きの蒔き直しです。

いしころとまとさん、こちらも断続的に強い雨が降り、気温は下がっています。暑さも一応「彼岸まで」に納まったようです。彼岸花がお墓のネズミ除けというのは初耳です。写真は借り物です。

チョロピコさん、今の世の中真面目に考えると憂さばかりですね、適当に流して生きるのが勝ちかもね。そうですか「未だ亡びざる人」とは存じませんでした、だからお元気なんですね、連れ合いに逝かれるとご婦人は元気になり、男はしょぼくれると言います。

山ちゃんさん、こちらも恵みの雨と言えるような優しさのない強い雨ですが降り、野菜たちも一息ついているようです。「寒さ暑さも彼岸まで」は一応すじを通したようです。

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