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2010年10月23日 (土)

無駄話<夜景>

 先日、町の高台にある施設で会議があり、帰りが夜になり外にでると滅多に見ないわが町の夜景が目に入りました。一瞬息をのむほどでした。秋で空気が澄んでいるからでしょうか、宝石箱をぶっちゃけたという表現そのもので、遠出しないで見れたことを評価すれば神戸や函館の夜景にも負けないと、しばらくは見惚れました。しかし私の腕ではその美しさは表現出来ないので残念ですが借景です。

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 日本は世界的に見ても夜景の美しい街の多い国らしいです。それは人口密度が高く、建物が密集していること、街の近くに街並みを見下ろせる山があるような地形が多いこと、それに治安がよくて夜の時間帯に人気の少ない山に行きやすいこと(これは最近はそうともいえない)などの条件が揃っているからです。

 函館
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 最近はライトアップやイルミネーションなどで演出された夜景も多く、夜景を観光資源としている自治体や、夜景を売りにしたレストランやホテルも多くなっています。ですが日本のように「夜景を見る」ということを観光や行動の主目的にするということは、海外では少ないそうです。

 関西で名の売れた夜景といえば、六甲山から見る神戸の夜景ですが、日本で最初に「100万ドルの夜景」という表現がつかわれたのは神戸の夜景だそうです。

 神戸
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 昭和28年(1953)、当時の電力会社の副社長が「100万ドルの夜景」という言葉を使い始めたということです。当時、六甲山から見たときに見える電灯の数は約496万7千個で、その1ヶ月の電気代は約4億2900万円になります。

 当時は円高の現在からは考えられないような、1ドル=360円という固定相場制の時代であり、4億2900万円÷360円≒100万ドル(正確には119万ドル)の夜景という計算になり、「100万ドルの夜景」はただの美しさの強調表現ではなかったのです。

 その後、時代が進むにつれ、神戸の町は発展し、より明るい夜景となっていったのです。そして、昭和50年(1975)、六甲摩耶鉄道の再計算によって、「1000万ドルの夜景」に値上げされたのです。

 ところが平成7年(1995)1月17日早朝、無残にも一瞬にして「1000万ドルの夜景」の光は勿論、形も消え去ったのでした。でも市民の涙も汗も拭いもせぬ頑張りと、全国からの応援で、不死鳥のように復興し15年が過ぎた現代の夜景を見る限り、震災前以上の美しさ、「1000万ドル以上の夜景」を取り戻しています。



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