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2011年1月17日 (月)

無駄話<16年前の朝>

 1月17日と言えば、まる16年過ぎた今でも思い出せば背筋が凍る思いのあの阪神淡路大震災の記憶です。平成7年1月17日(火)午前5時46分、私は出勤前、家内と朝食中でした。テーブルの下へもぐりこむのが精一杯でした。

 5分と過ぎない間に大阪に住む息子の嫁さんから絶叫に近い声で安否確認の電話をくれました。後で聞けば自分ところのほうが被害が大きく、また両親の住む実家より先に聞いてくれたのでした。我が家の辺では震度4~5でしたが、幸い一部の物が倒れたり落ちたりした程度で、被害と言うほどの被害はありませんでした。

 我に戻ると停電しており、電話もつながらなくなっており勤務先や親戚の様子も分かりません。電車は止まっており、駅に行ってみると大きな被害はないと思われるが全線点検中ということで、いつ動き出すか分からないとのことですが、動き出せばすぐ職場に駆けつけなければと思い、待合室で3時間くらい待ち、やっと職場に向かいました。その頃神戸はもう下のような状態でした。

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 着いてみると会社のほうも被害はなく、工場も先に着いた者から機械を動かしていました。すぐ昼食時間になり食堂に入ると、黒煙と火の手の上がる神戸の街の様子や、倒壊したビルや高速道路が映し出され、皆唖然として給食も喉を通らないほどでした。そしてその日は残業も取り止め定時で退社しました。

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 帰ると、家内は多い親戚を電話の通じたところから安否確認していました。大阪でも南に多い親戚はみんな無事とのことでしたが、神戸芦屋に住む甥(兄の長男)一家とは連絡つかず、隣村に住む兄一家も心配していました。

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 夜には停電も復帰しテレビニュースも見れるようになりましたが、街はまだ燃え続け、被害はどんどん大きくなっているようでした。前年秋に一泊で神戸六甲を旅して、美しい神戸の街や、六甲山からの100万ドルの夜景を見てあるだけに、無残に崩れ燃え続ける街の様子には目を覆いたくなるほどでした。

 前年の夜景
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 翌日になって、実家へ避難してくる途中の甥の一家から連絡があり、住んでいたマンションは倒壊は免れたが、壁には亀裂が入り修理しなければ住めないだろうということであり、室内は壊れた家具や物で足の踏み場のない状態だが、家族は全員怪我もなく無事ということで、その後実家に戻りしばらく同居することになったのでした。これで親戚縁者一同無事だったということで安堵したのでした。

 犠牲者鎮魂の意味を込めて、震災10年後から始まった神戸ルミナリエ
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 16年が過ぎた今はもう神戸の街も震災前以上に力強く美しく復興されて、あの惨事を忘れたかのように見えますが、なんといっても6400余名の犠牲者は戻ることはありません。その尊い命を無駄にせぬよう災害への備えを学び取りたいたいと思います。17回忌を迎えても傷心の癒えない家族や縁者の人たちも多いことであり、せめて犠牲者の冥福を心から祈るばかりです。

 犠牲者追悼の集い
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コメント

ホントに思い出すと背筋が寒くなるとは
このことですね、私もこのころはよく
大阪に車で行っており、神戸にフェリーで
降りて大阪の船場に
行っていたので、よく見た景色がテレビ写り
変わってしまった被害の出た阪神高速
を見入っていました。あの頑丈なビルや
高速を倒す地震の凄さこわいです。

山ちゃんさん、ほんとうに傲慢な人間社会に対する神の怒りかと思うような惨状でしたが、気の毒にも槍玉にあげられた地域はたまったものではありません。ですからこの犠牲を無駄にしないことが無事だった者の使命としなければ、また神の怒りが繰り返されるかも知れません。

おはようございます
もう16年も前のことなんですね
人間の想像を超えた力の巨大さに愕然としました
人は弱くもあり乗り越える力もあると感じました
被災者の方々に時間が優しく過ぎてくれることを願うばかりです

エフさん、「災害は忘れる頃に」という言葉がありますが、また何時どこで起きるかも知れない時期がきているのかも知れません。多くの犠牲者の尊い命の教訓を無駄にしない心構えをしなければと思います。

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