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2011年3月23日 (水)

普通の暮らし

 昔から、一刻も無しには生きて行けない空気のことを有難いと思うことは滅多に無かったと思います。現代人には空気と同じくらい無しには生きて行けない物なのに日常無意識に使っているものが多くなっています。電気、水、ガス、道路、いわゆるライフライン(命綱)でありながらその有難さを忘れていました。

 今度の震災で被災地の人はもちろん、被災地でない地域でも有って当たり前と思っていたライフラインの重要性を強く認識させられました。私の住む田舎でも、昔、明かりは石油ランプ、水は谷川から坂道を汲み上げ、風呂も炊事も燃料は薪を拾っていたことなど、昔話の世界であり、想像もし難いこととなっています。

 重要性を認識するもしないも、今被災地も避難所も、ライフラインを断たれたままの生活は、生き地獄で長続きは無理です。ライフラインが繫がり、なんとかプライベートの保たれる住居が確保されてこそ、暮らしの最低限です。今、どんなに焦っても、被災者の皆さんが現代の普通の暮らしの出来る日の見通しも立ちませんが、被災していない者全員で、募金で追いつかなければ、増税されてもいい、自分たちの暮らしのレベルをうんと下げてでも、国民皆が同じレベルの普通の暮らしが出来る日が1日も早く来るよう努めなければならない時だと思います。

 ミヤコワスレ 花言葉 再起
050430036211

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コメント

こんばんは
普通はなかなか意識できませんね
今回は日本中がそのことに気づいたんじゃないでしょうか
すべての日本人が協力したら立ち直ることができると信じます
われわれが元気を出しましょう

エフさん、「普通」の基準はそれぞれ、自分は普通と思っている人が多いとおもいます。災害があって、ゼロかゼロ以下に引きずり下ろされた被災者を見てはじめて、始めて自分の普通の有り難さが分かります。
一日も早く被災者の方々を普通に引き上げるよう皆で協力しなければと思います。

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