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2012年11月24日 (土)

串柿の里

祭りの話が続きますが昨日23日隣町かつらぎ町四郷地区「串柿の里」で平成の世になって村興しのイベントとして始まった第24回「串柿祭り」がありました。串柿と云えば関西では正月の床の間鏡餅飾りに欠かせないものです。
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串柿が縁起物になった後付け理由かも知れませんが干すとき編んだ紐のとろで個数分けして、
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なんてことも云います。

最近は団地サイズとかマンションサイズとか云って5個挿しのもあります。

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その串柿の殆どがこの「串柿の里」で造られます。今がその串柿製造の最盛期で里は皮を剥いて串に挿し、10串を紐で編んで吊るした柿のオレンジ色一色に染まります。
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大阪と和歌山の府県境和泉山脈の和歌山側南斜面標高300Mくらいのところに在る四郷地区はこの時季、そのオレンジ色の山里回遊ののハイキングコースとしても賑わいます。午前中にハイキングを済ませ麓の旧四郷小学校校庭の串柿祭り会場に戻れば色々な屋台も出て、弁当を用意してなくて催しものを見ながら腹ごしらえも出来るのです。
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四郷千両太鼓
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ジャンボ巻ずし
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12月半ばには乾いてこの状態になり、各地へ出荷が始まります。
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串柿の起源については確かな記録はないそうですが700年前、現在の岐阜県蜂屋村の甚太夫という人が干し柿の製造に苦心して、研究の結果成功し、後鳥羽天皇に献上したという史実があるそうです。

これを一般的に普及させたのは武田信玄と云われており、信玄は大いに農民に柿の栽培を推奨し干し柿の製造を奨励したそうです。

四郷地区の串柿製造についても、これという確かな記録は少ないのですが、今からおよそ400年前のこと、紀州徳川公が、四郷村には特産物がないため、串柿を製造してそれを特産物として売り出すよう勧めたという言い伝えがあるそうす。
      
また、豊臣秀吉がこの近くの根来寺を攻め落としたとき、この土地の人達が、秀吉に串柿を献上したとの言伝えも残っています。

串柿は栄養価も高く、戦の時の保存食として重宝され、また、酒酔いにも効果があることから重宝がられたとも云われています。
また、柿は長寿の木とされ、幸せをカキ集める、「嘉来」(かき)で喜び幸せが来るという語呂合わせもあるそうです。

しかし串柿用の柿の木は古い高木が多く、登って取るのは危険な仕事です。なのにこの里も高齢者が多く若者は少なくなって「串柿の里」を守っていくのも大変のようです。

串柿用の高い柿の木
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コメント

素晴らしい景色です。
干し柿が整然と干され素晴らしいです。
10個刺し5個刺しのいわれも
楽しいです。こちらでは今年は柿は
不作です。

山ちゃんさん今晩は、この串柿の干された山里の風景は絵になるらしく、アマチュアーの絵描きさんや写真愛好家は串柿祭りをわざと避けて山里の静かな日に訪れる人が多いようです。

こんばんわ! 串柿の里の串柿作りや歴史を楽しく読んでいました。そんな歴史がある初めて勉強させてもらいました。関西出は串柿は正月に床の間の鏡餅飾りに欠かせないんですか。 関東では今まで串柿で床の間に飾る姿は見たことがありません。鏡餅の上にみかんを載せるのが慣わしだと思っていました。ごろう合わせかもしれませんが10個さし、5個さしにもそれぞれの縁起言葉が入っていてなるほどと思いました。       山梨県でも干し柿を作っている里がありますが、武田信玄が推奨されていたんですか? これも知りませんでした。 オレンジに囲まれた干し柿の回廊は見事ですね。こんな風情のある姿はこちらでは見られません。絵を描いたら素晴らしい作品が出来るでしょうね。  
今日は東京でも朝から冷たい雨が降っています。そちらはどんな天候でしょうか?

今晩は。
kazutyanさん、素晴らしいわ!!                                冒頭「串柿」からeye興味津々。新年を迎える室礼は簡素ながら深い思いが伝わってきますね。串柿の直線は三種の神器の剣を表しているそうな。歴史ヒストリーが息づいている晩秋の里山の景観はホント圧倒的ですね!!
長~い長~い海苔巻きはどうやって切って頂戴されたのかしら?!
私も並びたかったですdeliciousさぞ美味しかった事でしょう。
ところで出荷先は関東の千葉の成田方面へと~なびかないでしょうか?!
干し柿大好きばぁばと致しましては、切に所望でございますよhappy01

kazutynおはようございます。
確かに後継者問題が一番ですね。
串柿の素晴らしい光景に魅了されて見ておりました。
ほんと素晴らしい街全体が串柿一色に見えます。
野菜ソムリエの本に、干し柿のしかた・・枯露柿、串柿等があったのですが
串柿はそちらでつくられていたんですね。
10こさし、5こさし・・・語呂合わせも楽しいですね。
折しも、今朝方吊していた干し柿を家の中にとりいれたところです。
皮を揉んでから、たわしで皮を磨くと、白い粉が吹き出て
綺麗になるそうです。
干し柿作りも手間と時間がかかるんですね~

吉ちゃんさん今晩わ、本当に吉ちゃんさんなら素晴らしい絵に描かれるでしょう。こういう風景が人の高齢化と共に消えていくことは悲しい気がしますが若い人が故郷に住み着かない限りどうしようもありません。

チョロピコさん今晩わ、串柿の直線は三種の神器を表しているとは知りませんでした。また話のネタが増えました、有難うございます。長ーい長ーいのり巻薄切りの一切れしかあたらず味は分かりませんでした。干し柿お好きですか、だけどこの串柿は固いです。食べるにはやはり市田柿のような大きくて柔らかい吊るし柿でしょう。

いしころとまとさん今晩わ、干し柿に白い粉が吹くまでは手間と日にちがかかりますね。こちらでは八分乾きのところで藁を敷いた餅箱に2~3日寝かせたあと外に干すと一気に粉がふきます。四郷の串柿は粉がふく前に出荷されるようです。

串柿、初めて知りました!干し柿は実家で昔たくさん作ってましたが、串柿は見たことありませんでした~ それにしても、オレンジ一色の素晴らしい光景ですね!実際に見てみたいものです(*´∀`*)

かおりんさん今日わ、実家で作られた干し柿は比較的大きな渋柿を剥いて縄に吊るしたもので、程よい乾き加減で食べれば柔らかくて甘く美味しかったでしょう。串柿は飾り物で出荷の時季には食べるには固くて美味しくないのです。

今晩は。初めてコメントさせていただきます。
素晴らしい景観ですね。
私の実家も柿農家で、干し柿を作ったりもしているのですが、こんなにずらりと並んでいると、色が大変きれいですね。
後継者問題、どこの農村も大変なようです。ぜひ残していきたいものですね。

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