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2013年1月21日 (月)

わが町の駅

わが町は人口5000人足らずの小さな町ですが高野山へ向かう南海電鉄高野線の駅が4駅あります。始発駅大阪難波から高野山に向かって、大阪府と和歌山県境の長い紀見トンネルを超え約40分で橋本市に入って6駅を通り九度山町中心部に入って最初の駅が「九度山駅」です。
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九度山駅の名所案内には世界遺産の慈尊院、古道町石道起点、丹生神社、そして真田幸村隠遁地として由緒ある真田庵などがあります。

そしてすぐ渓谷に沿う鉄道となり次の駅は高野下駅です。
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大正14年の開業から高野山に向かって順次延伸される昭和3年までは南海高野線の終着駅でした。この集落には当時の旅館の名残の残る民家もあります。ここから高野山までは徒歩か駕籠で登ったそうです。徒歩で急坂を登る人の腰を押す職業があったそうです。

次の駅は下古沢駅です。
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下古沢は次の私の生息地上古沢の2倍120戸くらいの集落です。住民以外の乗降客はないので行き違いの出来ない単線無人駅になりましたが、不要になったプラットホームから四季折々の花屏風が高野山観光の人を車窓に迎えてくれます。
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この下古沢と上古沢の間には中古沢という集落があるのですが駅はありません。

次はわが故郷上古沢駅です。
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昭和3年の開業以来の古い駅舎で左横にはつっかい棒をしているのが見えます。それでもこの駅は世界遺産の古道高野町石道の中間点に取り付くハイキングコースの始点なので、最近は外人さんのハイカーも時折乗降します。

次の駅はもう高野町になり3駅目が現在の終着駅「極楽橋駅」であり、ケーブルカーで約5分で高野山上駅、そしてバスと乗り継いで山内から奥の院まで行けます。

高野山へは昭和35年高野山有料道路(現代は国道370号)の開通までは徒歩以外この南海電車しかなかったので満員電車もよく見かけましたが、現代はマイカーや観光バスで奥の院駐車場まで入れるので、日祝以外は電車は閑散としており橋本駅以遠では大赤字線と言われています。我が家にとっては駅まで1分のライフラインなので廃線になどならないよう願っています。










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コメント

Kazutyanさんの「我が町」~深い山懐に抱かれ、時がゆっくりと流れて・・・都会の喧噪には程遠い穏やかさが伝わってきますね。私の今、住んでいる処は山も川も海もすぐ傍にはないけれど、じいちゃん、ばぁちゃんが多い平和な里山です。全く、平和!だから自分から動き出さないとね。それぞれの駅を拝見しながらあるmovie映画を思い出しましたよ。え~と題名?!そうそう、監督はあの河瀬直美さん、「萌の朱雀」でした(*^-^) 随分前に観たんだけど。。。高野山、熊野古道、伊勢神宮をゆっくりと巡ってみたいです。

チョロピコさん今晩は、そうですかこちらとよく似た環境の地にお住まいなのですか、「萌えの朱雀」の舞台は隣接の市の僻地なのですが、こちらは鉄道が開通したので僻地の割には便利しています。

kazutyanさんコンバンハ! 雑用に追いかけられて投稿が遅くなってしまいました。
人口が5000人の町と聞いて私から言いますと凄い田舎と思ってしまいました。
私の所では25万人の人口ですから、それと比べると静かな閑静の所で、良く猪や狸が畑を荒らして困ると言うブログが何となくわかるような気がします。 私が住み始めたころはそれでも人口が9万位で緑地や畑が結構あって緑の多い地域でしたが今では農地が宅地化されてどんどんマンションが建ってしまい、いつのまにか人口も増え続けています。
日本一の繁華街の新宿が特急で20分位でいけますので、通勤も便利だと言うことで住宅が多く建って来たのでしょうね。
反面kazutyanさんの所では住む方も、お年寄りの方が多くなって何となく時がゆっくり動いているような感じがします。とは言え私はゴチャゴチャしている雑踏の生活よりこんな平和な地の方が好きです。若い人達は刺激がないと言って都会に出て行っちゃうかもしれませんが・・。今は観光客も少ないかも知れませんが、昨今は古い遺産を訪ねて訪れる外国人も多くなって来ているようですので、きっと貴重な静寂を求めて観光されるのでしょうか? 昔、高野山に登るときは腰を押す職業があったとか、今ではそん事はマンガの世界のようですね。 旅番組で熊野古道の杉並木の風景が出てきますが一度行って見たいです。高野山は島流しのようになった有名な武将達のお墓が沢山あるんでしょうね。
こんな静かな道を歩くのも心の浄化につながるでしょうか?

吉ちゃんさん、お忙しい中お気持ちのこもった長いコメント有難うございます。吉ちゃんさんところは人口が9万から25万になったとは活気に溢れた街なのでしょうね、私も若い頃はそういう都会に住みたいと憧れたものですが、兄たちが皆職を求めて都会(大阪)に出てしまい末っ子の私は年老いた母を一人残しては出れなくなりましたが、幸い隣市に日本たばこ(旧専売公社)の大工場が出来て希望する職も得られ、一男一女を希望通り都会へ送り出し、定年退職後は夫婦二人時々は大阪に出て都会の刺激にも触れながらのの田舎暮らしのよさも分かって現在はこの地に骨を埋める気になっております。只若者たちは居着かず、老人二人はいい方で独居が増えていくばかりなのは淋しいものです。

私のパソコンの横には全国道の駅の地図が置いてあり見ると
kazutyanさんの上古沢駅近くには世界遺産慈尊院があるのですね、
そちらでも急坂を押す職業があっととの事、こちらでも徳島県と愛媛の
県境でも昔はあった様です。近くにいろんなところが有り
まさに風光明媚とゆう言葉がぴったりですね、
家から一分のとこに駅あるとのこと廃線だけはしないように願いたいものです。

山ちゃんさん今日は、慈尊院辺の地図見てくれたのですね、この慈尊院が世界遺産の古道「町石道」の起点なのです。
高野山への道標(道しるべ)として、1町(約109メートル)ごとに「町石(ちょういし)」と呼ばれる高さ約3メートル強の五輪卒塔婆形の石柱が建てられ、高野山上の壇上伽藍・根本大塔までの約22キロメートルの道中に180基、大塔から高野山奥の院・弘法大師御廟まで約4キロメートルの道中に36基の、合計216基の町石が置かれています。また慈尊院から数えて36町(1里)ごとには、町石の近くに「里石(りいし)」が合計4基置かれているのでハイキングするのに歩いた距離と残りの距離が正確に分かり便利です。

海からは遠く山ばかりなので風光明媚とは言いかねますが機会がありましたら一度お越し下さい。

kazutynこんばんは
やっと日常が戻ってきました。
上古沢駅…私の街の昔の駅舎思い出しました。
廃線になったら大変ですね。
定時にやってくる電車はなんといっても住民の味方だと
思います。
花屏風という表現があるんですね。
ここにくるといろいろな言葉覚えます(*'-^)-☆

いしころとまとさんお早うございます。キッチンガーデンセミナーでお忙しかったんですね、無事盛大に終わられておめでとうございます。いしころとまとさんのガーデンに比べると、花屏風なんて呼び名負けしていますが地元有志の熱意で各駅に出来ています。

 初めまして 山ちゃんさんのブログのファンから飛んで来ました
 故郷が四国中央市ですのでいつも楽しみにしています
 今 河内長野に住み いつも 野菜の買い出しに かつらぎ町
 九度山町 橋本市 と 串柿の里 も大好きです
 真言宗で 高野山も 数知れず登りました
 ほんとにうれしくなりました
 更新 楽しみにしていますので 頑張って下さいね
 過日は 孫の 入試に学文路駅に入場券買いに行ってきましたよ
 

還暦+11さんよくお訪ねくださいました。この近辺のこと私以上によくご存知のようですね、私にとって河内長野市と言えば日本たばこ産業を定年退職後、再就職で上原町の(株)大同化工機に5年間勤務しました。また甥が木戸町に住んでいるので時々訪ねており思い出と親しみのある街です。そちらのブログへもお訪ねしたいのでよろしければURLお知らせください。これからよろしくお付き合い下さい。

 はじめまして。なんとなつかしい南海電車の駅!!駅舎の写真もいいですね。とくに南海電車の最南部の駅はしぶい。
わたしは昔、神戸の垂水からはるばる高野山3回、や真田庵5回、行きました。町石道は2度にわけて走破しました。上古沢か下古沢か忘れましたそこで途中下山、つないで、高野山~慈尊院と完走しました。緑ゆたかなすばらしい歴史の道でした。上、下古沢 ?の駅が山の斜面にへばりつくような駅だったのを思い出します。写真で見ると下古沢駅かな。町石道からちょうど谷あいをひとまたぎして、もとの高さにもどるという感じ。その道程も印象的でした。

 いい忘れました。ブログの題がすこしさびしいですね。「かかってこんかい、100まで生きるぞ!とりあえず」くらいでどうでしょうか。

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