方言
今日いしころとまとさんのブログ 「何となくいずい」こと を見せて貰って、私は「いずい」という言葉を聞くのは始めてでした。今はメデイアの発達普及で各地の方言を知る機会も多く、始めて聞く方言は珍しくなりました。こちら和歌山の方言では 「ザ、ジ、ズ、ゼ、ゾ」 と 「ダ、ヂ、ヅ、デ、ド」 の区別発音が出来ないのが特色です。
面白い話に和歌山の若者が東京の楽器店に就職し間もないあるとき店主から倉庫へ行ってバイオリンの在庫を調べて来いと言われ、調べて戻って 「全然在庫がありません」 と報告したところ、店主は 「お前は何をいってんだよ、でんでん太鼓なんか扱ってねーよ、バイオリンの在庫を見て来いと言ってんだよ」 と叱られたと云います。
方言のウィキペディアでこんなの見つけました。
和歌山県は「じゃんけん」域に入っていますが、私の子供の頃は「じゃんけんすい、あいこでほい」でした。これはよいのですが、
自分=うら
あなた=おい
何々がね=何々がない
私がね=うらない(占いではありません)
何々するから=何々するさけ
しんどい=えらい(偉いではありません)
のような方言が使われており、それが汚い言葉のように云われ、小学校ではどこでも通じる標準語を使うように薦めるため、思わず方言を使ったとき相手と遣り取りするカードを10枚持たされ、カードがなくなれば担任教師の説教を受けました。
その結果か現在はもう方言を使う老人たちもだんだん居なくなり、アクセントだけが少し違う標準語になってきました。でも今になって考えると方言は夫々の地域の文化であり、特有の温かさや標準語では言い表せない微妙さを持つ言葉もあり、使うことを卑下するようなものではないと思います。
故郷を遠く離れて都会人から田舎っぺと思われまいと緊張して話して暮らす人がたまに故郷に帰って故郷の言葉を聞くとほっとして癒されると云います。啄木の詩 「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」 の通りだと思います。
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